京都市左京区黒谷町にある浄土宗の寺院

徳川初期に同じ浄土宗の知恩院とともに城郭構造に改められていた。

会津藩主松平容保が幕末の文久2年に京都守護職に就任すると、京都守護職会津藩の本陣となり、

藩兵1,000人が京都に常駐し1年おきに交替した。

徳川秀忠正室の江の供養塔 春日局墓所 などもある、

秋には紅葉の名所のひとつとして有名。